尿中ポリオーマウイルス(JCV)陽性を呈した生体腎移植の2症例

大坪会三軒茶屋病院
* 井上 純雄
虎の門病院 腎センター
葛原 敬八郎
同 病理学科
原  重雄
秋田大学医学部 第二病理
南條  博、増田 弘毅
日本細胞病理ラボラトリー
山田  喬

 最近の腎移植では維持免疫抑制剤に強力なFK(プログラフ)とMMF(セルセプト)を使用することが多くなり拒絶反応の頻度は減少したものの、血清クレアチニン値(Cr)が高めに推移する症例が少なくない。その要因として薬剤性の腎障害が多いとされる がCMV腎症など感染性の腎障害も考慮すべき症例がある。この度, FKベースの血縁生体腎移植(初回,ABO一致, Bcell クロスマッチ陽性)2症例で,術後4-10ヶ月から始まったCrの上昇にポリオーマウイルス(JCV)が関与したと考えられたので薬剤性腎障害との鑑別を中心に検討する。
 症例1は慢性腎炎の27歳女性に2001年9月,55才の母より腎移植。術前,DFPPとPEによる抗体除去を行いFK+MMF+プレドニン+DSG(スパニジン)で導入した。拒絶反応なくCr 1.1mg/dl, FKトラフ 9-11 ng/mlで経過していたが4カ月頃からCr1.3と上昇し5.5 カ月には1.9まで上昇したためacute on chronicの拒絶反応を予測して腎生検直後から ソルメド0.5 g 3日間+DSG150 mg 7日間の投与を行ったがさらにCr2.2まで上昇した。 病理組織に拒絶反応はなく薬剤性尿細管障害を認めたためすぐにFKからシクロスポリン(CsA)への変更を行い1ヶ月後,Cr1.5まで下降した(CsAトラフは90)。さらに1月後 に始めて調べた尿からPCR法でポリオーマウイルス(JCV)が検出された。その後一時 Cr1.3まで改善したが移植後18カ月経過して依然Cr2.0前後で不安定である。
 症例2はIgA腎症の48歳男性に2001年2月,HLA1ハプロ一致の42才の弟より腎移植。術前の抗体除去,4剤による免疫導入は症例1と同様に行った。FKトラフは6カ月までは15-20ng/ml前後と高めに維持され,拒絶反応はなくCr1.1-1.2 mg/dlで推移していたが,10カ月を過ぎてCr1.4-1.5 とわずかに上昇していた。この頃には FKトラフ は12ng/mlと下がり尿所見にも異常はなかった。しかし2002.6(移植後16カ月), Cr1.7 とさらに上昇したので移植腎生検だけ施行したが症例1の経験をもとに抗拒絶反応は見合わせた。本例も糸球体や間質,血管には著変はなく尿細管の変性だけが目だったことから薬剤性の尿細管障害と診断された。同時期の尿沈渣の細胞診では脱落上皮中にポリオーマウイルスの核内封入体と思われるdecoy cellが認められたが生検腎組織でも尿細管上皮に同様の封入体像が認められた。尿DNAの分析では症例1と同様JCタイプのポリオーマウイルス(JCV)が検出された。FKトラフは12とやや高めであったが免疫抑制剤はMMF, FK, PSLの順に減量したところCr1.2(2003年4月)と安定し尿中の decoy cellは消失した。
 ポリオーマウイルスは1971年に始めて腎移植患者の尿から分離されたDNAウイルスで 尿路系上皮(urothelium)への感染性が高いことが知られている。このウイルスは健常人の尿でも約0.5%に出現するとされるが,腎移植や骨髄移植患者ではその頻度が高く,尿細管ないし尿路系に障害を与えて時に拒絶反応と紛らわしい間質性腎炎の像呈するので,安易な免疫抑制の強化は危険である。特にFKやMMFを併用するような腎移植 症例では薬剤性障害だけでなくポリオーマウイルス腎症も常に念頭に置き薬剤の調節をすべきであろう。


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